嬉しいストーリ
私のことを考えてくれる方は私についてのストーリを書いてくれました。許可を得たので転載します。原稿はミクシィにあります。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=797721372&owner_id=17699114
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「人生を愉しみたいなら」
ラーメンを作る。キャベツとにんじんはあらかじめ切ってパックに入れて冷蔵庫に入れてあるのを取り出す。
手際よくつくって、鍋ごと居間に持っていった。
今日も私の目はそのインターネットの画像に釘ずけだった。
視線はそっちを見つつ箸で麺と卵をかきまぜた。
画面には泣く青年がいた。日本人ではない。何人だろう。イタリア人?
「ヴォイヤテ。ヴォイヤテ。・・・。」と。カンウォーネを歌いながら。
わたしはなんだか魂が揺さぶられるような気がした。
わたしは誰かを愛したことはない。自分すらも愛したことはなかった。
父と母の間に、何らかの性的関係がうまれ、自分がこの世に誕生したこと。ただ、それだけだとおもっていた。
次の日、台場の国際展示場付近を歩いていると、コンビニの袋らしきものを両手に提げた男に出くわした。
「あっ!」
あの男だ。間違いない。しかし、雰囲気がまるでちがう。
そうこうしているうちに、男はわたしの横をすり抜けていった。
今日も大学図書館の司書の仕事は何一つ変わったことはなくて坦々と一日が過ぎていった。
生協で、ラーメンを食べた。わたしのカラダは、まず栄養よりも「飢え」を満たすことを優先する。
魂よりも簡単なわたしの肉体。魂がなければ人生は肉体を満足させることのみに費やすだけである。
ラーメンを頬張りながら、ふと壁の掲示板に目が留まった。
なにやら有名人のトークショーが催されるようである。
若い男が映っていて、題は「人生を愉しみたいなら」とある。
ささっと食べその場を後にした。
電車の中。男子高校生のニヤつき。中年男のセキ払い。女の化粧品の匂い。すべてが、生活感をにおわせ、わたしの神経を圧迫した。
この世に生まれた以上自殺は認めないというキリスト教徒の父母に囲まれ、兄は父の志を受け継ぎ、医学部へ入った。
ふいに
となりに座っている女性の様子が変なことに気がついた。
胸を押さえ、顔は血の気を失い、目をむきだしにして「カッ・・・ぐっ」という音とともに車中で倒れた。わたしは驚きの叫び声をあげたが、苦しむ彼女になにかしてあがなければ、と焦りとにかく彼女の手をにぎって、「死なないで。」「死なないで。」と祈り続けた。いつしか涙が頬を伝い、手を伝って流れた。次の駅までもってくれたら・・・。
しかし彼女は力つき、目を閉じた。
救急隊員に担架で運ばれ、「娘さんもきてください。」と、言われ、「あ、あたし・・・」あたふたしているうちに「とにかく来て。」と言われ、彼女のバッグを持って車に乗った。
バッグのなかに、あの日、生協で見たトークショーのチラシがあった。
医師は、「心臓の病気を患っていてね。余命いくばくもなかったのですよ。」と言ったそうだ。
娘と思われる女性と話をした。
「このチラシ?母は彼のフアンでね。よかったら行ってあげてください。スターを目指している外国から来た人で、ステファノ・ロドラっていう人です。そのほうが天国にいる母のきっと喜びます。」
わたしは「そ、そんな・・・。あなたのほうが・・・。」と言いかけたが、行くことになった。
ショーはとても輝かしいものだった。
若く、活き活きとした青年が、歌った。
「ヴィーヴェレ。
(生きる。メランコニックにならないで。)
ヴィーヴェレ。
生きて。ぼくはいつまでも生きていたい。」
と歌った。
わたしはその瞬間、前向きな姿の裏には彼の内なる暗さが存在することを悟った。
そして、そのときネットの画像の少年は彼だ!と気がついた。
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ステファノ・ロドラに捧ぐ


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